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2011年9月17日 (土)

トモダチ作戦の背景

 東日本大震災が発災して6ヶ月が過ぎました。復旧・復興は儘ならず、暑い夏も通り過ぎ東北地方では厳寒の冬に向かっています。更に東電福島原発の収束には不透明な部分も有り、被災者の方々は不安を募らせています。

 思い返せば発災直後、米軍は「トモダチ作戦」(Operation TOMODACHI)を立ち上げ、兵員2万人、観戦20隻、航空機160機を投入し、自衛隊と協力して行方不明者の捜索や物資の運搬に当たり、当時は日米両メディアで大絶賛されました。その後原発事故に対応するため海兵隊の専門部隊CBIRFも派遣されました。

 あの震災発災直前には日米共に大きな問題を抱えていました。菅総理は当日の午前中まで国会で外国人からの献金いわゆる「政治とカネ」問題で辞職に追い込まれる状態でした。一方米国では国防省のケビン・メア日本部長が「沖縄はゆすりの名人」という「本音」発言が有り、日米関係を根底から揺るがすような事件が起きていました。米政府は直ちにメア部長を更迭したり、米国駐日大使が沖縄へ謝罪に行きました。

 そのような時にこの震災が起きたのです。両国共に上記の問題に蓋をして救済活動に入ったのです。更に驚いた事には所謂「おもいやり予算」(在日米軍の駐留経費の日本側負担)が年度末の3月31日国会で民・自・公の多数を持って決議されました。それまでは年度内成立が難しいと言われていたのです。

 議決内容も今まで減少傾向で3年と言う期間が前年と同額で年1881億円そして聴かんが5年となってしまいました。日本側ではその予算でこの度の「トモダチ作戦」の経費を賄えるものと思っていたようですが、米国側は当初4500万$としていましたが、最大8000万$(68億円)と計上し請求するのではと懸念されます。その中には原発事故対応は別となっております。

 そしてこの作戦の成果が同盟国を守ると言う大義が日米の不信感の払しょくに大いに役立つことになったわけです。更に米国では核の事故処理と言う願ってもない実戦経験が出来たのです。驚くことにこのオペレーションの中心を担ったのが更迭された筈のメア氏だったのです。

 9月15日の報道によれば米国の大幅な経費削減のもと、海兵隊グアム移転計画に変更が有り、当初の司令部中心としたものが実戦部隊になるとの事です。勿論この事は沖縄の方々には演習による騒音や危険、事件・事故の減少といった負担軽減には期待されますが、「おもいやり予算」は其のままでは。。。なんと交渉下手な日本。

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