天災と人災(その2)
久し振りのブログ更新です。東日本大震災が3月11日に発生し来週で2か月経過することになります。地震と津波については天災と言えるでしょうが、過去の津波被害を教訓として高台に住宅を移動した小さな町がありました。もちろんその地区では津波の被害は有りませんでした。
また、過去の津波被害の記憶の為に石碑を立てていたことも分かってきました。特に三陸海岸には入り組んだ湾が津波を大きくしています。そのような事が分かりながら月日の流れと共に、便利さ優先で徐々に海岸近くへ住宅が並ぶようになったのでしょう。
被害に遭われた方々を非難する心算も、資格も持ち合わせていませんが、ここは行政の強力なリーダーシップが求められたのでしょう。上記の小さな当時の村では村の長がリーダーシップを発揮して行われたとの事です。この度の復興計画の内容は現時点でははっきりしていませんが、一部の有識者と言われる方の中には震災直後から高台への移動を提案されています。
漁業が多い所なのでつい港近くへ移ってしまうのです。高台の住居から港湾へ通勤し、もしもの為に港湾で働く人員が避難できる強固な高層の建物を作るということです。復旧という言葉通りに元へ戻すのではいけません。あくまでも復興です。
そして震災に付随して起きた原発事故です。これは日を追うごとに天災ではなく人災である事が見えてきました。事故の当事者である東京電力は「想定外」という言葉を当初盛んに言っていました。既存大手メディアも同様でした。これは何の事でしょうか。放射能被害に対する賠償責任から逃れる事を意識していたのでしょう。大手メディアも電力会社が大スポンサーである限り東電寄り発言が続きました。
しかしネットメディアが次々と事実を公開する事から、国民を騙していたことが分かって来たのでしょう。一部の原発推進御用学者の中でも現在の流れに逆らう人も出てきました。経団連なども当然企業寄りで被害免責を訴えていましたが、官房長官も免責はあり得ないと言うまでになっています。
やはりこの度の原発事故は人災なのです。しかし政府・東電・保安院との記者会見では3者の食い違いが出てしまい、合同会見を開くと1回が時間も掛かるというほど混乱しています。このことが象徴するように海外からは不信をかうことなっています。
この様な時に、彼の9.11の主犯であるアルカイダのリーダー(オサマビンラーディン)が米軍によって殺害されました。9.11(今年が10年)と3.11は日米にとって永遠に忘れられない日となりました。いずれも人災なのです。


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