地方の逆襲開始
現在第177回通常国会が開かれています。一昨年夏の総選挙で自民党から民主党へ政権交代されました。途中鳩山政権から菅政権へ変わり昨年の参院選で民主党が大敗し「ねじれ国会」となっています。民主党も代表選で菅代表を選びましたが、「ねじれ国会」解消に向けて菅総理があちこちに秋波を送っていましたが尽く失敗でした。
その間地方選において茨城県議会選で民主党は惨敗でした。小沢元代表を「政治とカネ」になすりつけ遠ざけていました。しかし問題は別な所にある訳で、菅総理自身の政権運営能力に欠けていたのです。他の首長選挙でも民主党は連戦連敗です。この事は小沢氏が代表選後に今のままでは地方の逆襲が起ると言っていました。
見事に証明されたのが昨日の愛知県知事選・名古屋市長選に現れています。知事は立候補決める前までは自民党議員でした。一方の名古屋市長は民主党議員でした。この二人が手を組んで圧倒的な勝利を収めた事は何を意味するのでしょうか。
国政の停滞が大きく、財政規律の一言で増税へと言うやりきれない閉塞感が、既成政党ではどうにもならないと感じていたところの選挙でした。それぞれ既成政党は大挙して応援していたようですが、結果は既成政党の得票は当選者の3分の1でした。
地方の逆襲が始まったのです。小沢氏は代表選で予算の大幅な組み換えで財源を出すといってました。菅総理の各省10%削減のシーリングでは増税以外に財源は出てきません。省益優先の官僚を押さえることは余程の信念が無ければ出来ません。
本日は「政治とカネ」の中心的存在である小沢氏秘書3名の公判が有ります。それぞれ調書の内容を誘導・脅迫等によるものとして翻し無罪を主張しています。検察側は前田元検事の作成した調書を取り下げしています。又裏金献金をしたといわれている中堅ゼネコンの会長が被告側の証人として出る事も決まっています。更に石川被告に対する再調査の録音記録も従来は証拠として認められないものまで認められました。その内容は明らかに脅迫・誘導です。検察の調書取が疑われているのです。これらから3名の秘書は無罪になるでしょう。
3名が無罪となれば検察審査会の起訴議決を受けた小沢氏の裁判は成り立ちません。その様な状態であることを分かっていながら現執行部は小沢氏の処分を決めようとしています。既存大手メディアは殆んど報道しませんがネットメディアでは当たり前になっています。
中東で起っているネットメディアによる情報で国の流れが変わるのです。小沢氏が度々ネットメディアに登場するのも時の流れでしょう。地方の逆襲が中央の政治を変えるときが近いのかもしれません。しかし多額の国債をいかにして減額して行くのか中央政治の役割が重要です。
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言語は、考えるための道具である。
それぞれの言語には、固有の特色がある。
日本語には、時制がない。それで、未来時制もない。
日本人には未来のことが鮮明には考えられない。構文がないので常に未来の内容は混乱している。
結論も決断も下すことができない。
決断を慎重にするためではなくて、不鮮明で結論が得られないためである。
自分から考えることもできず、他人から伝えられることもない。
未来の内容そのものが、社会に存在しない為である。
未来の内容が脳裏に展開できないので、不安になる。
政治家も一般国民も理想社会の予測が立たない。
政治指導者の指導もない。
金の切れ目が、縁の切れ目としか信じられない。
人は信じられない。金を信じるしかない。
1500兆円の個人金融資産も社会資産となることなく宝の持ち腐れになっている。
金はあっても保育所には入れてもらえないようなものである。
英語の時制は、現実と非現実の内容を分けて考える作業に役立っている。
この作業は、英米の高等教育の課程で行なわれている。
現在時制の内容は現実であり、未来時制の内容は非現実である。
非現実の内容がなければ、人は無哲学・能天気になる。
神の意思に導かれることもなく、政治指導者の構想に導かれることもない。
大人になっても12歳の子供の精神状態にとどまる。
目先・手先にまつわる事柄ばかりを考えて生活することになる。
構想がなければ、備えあれば憂いなしとはゆかない。危機管理は、難しい。
一旦、問題が起これば、無為無策で閉塞感を味わう。
そのうち、何とかなるだろう。と見守る。
何とかならないのであれば、諦観に入る。
ああ、この世はむなしい。と漏らす。
こうした繰り返しが日本人の一生である。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
投稿: noga | 2011年2月 8日 (火) 05時00分